新井ショック

広島カープ、新井選手がFA宣言で記者会見。
ローカルニュースなどを見る限り、広島に与えたショックは予想以上。
戸惑う市民のインタビューが放送されていた。


個人的な感じ方を言うと、先にFA宣言した黒田に関しては戸惑いはない。
それは黒田が十分にカープに尽くしてくれたという実感があるから。
むしろ、今までよくやってくれた、これからはやりたいようにやって
野球選手としてもう一花咲かせてほしいと素直に思える。




それに対して新井には、いまだ「尽くしてくれた」感がないのである。
期待しすぎなのかもしれないが、新井がこれからのカープの中心選手だと
多くの人たちが思っていたし、それは彼も十分以上にわかっていたはず。
複数の球団が彼を評価しているからこそのFA宣言なわけだが、
広島ファンは彼にまだまだ満足していない。
もちろん彼のバットは何度もカープを勝利に導いた。
しかし彼に対する期待が十分に満たされたわけではない。
なぜなら広島ファンは彼に往年の山本浩二を見ているから。
40本打った?2年連続100打点?全然足りないのだ。
成績だけの問題ではないのである。


いまの日本のプロ野球界全体が提供しえているエンターテイメント性を考えても、
今回の移籍が大きな利益を生むとは思われない。
日本シリーズ落合監督が、完全試合まであと1イニングの山井を変えたことに対して
批判が噴出した。プロ野球が見せてきた「夢」はどこへ行ったのかと。
確かに山井が降板した瞬間、スタンドを埋め尽くしていた潜在的な歴史の目撃者たちは
その資格を失った。その代わりに彼らが目撃したのは、優勝の胴上げだった。
それはそれでいい。ファンは何よりも勝利を見に球場に来る。
しかし勝利はファンがチームに要求する最低限の基準でしかない。
勝って、それ以上何を見せるかがプロの仕事ではないか。
翻ってカープの現状を見れば、勝利すらおぼつかない。
そうなれば(苦肉の策として)勝利以外の物語をファンに提供するしか
戦略はないのではないか。
もちろん勝利以外の何かをアピールしようとするのは、
プロのチームが採用する戦略としては邪道であるのに間違いないし、
そのような戦略をとらざるを得ないのは屈辱以外の何ものでもない。


それを踏まえた上で、カープが提供できる物語は、球団への愛を
選手とファンが共有するというものではないか。
広島「市民」球場という、いささか古ぼけたシンボル。
満身創痍で100パーセントのプレーもできない侍と呼ばれるベテラン。
メジャーに挑戦できる能力を持ちながら勝てないチームに1年残留したエース。
そのようにしてチームに残る選手たちの心意気を感じながら、
万年Bクラスの球団を応援し続けるファン。
そうした愛の輪の中心にいる資格を唯一持つのが、広島生まれ広島育ち、
イチローのように天才ではないが、不器用だからこそ可能性を感じさせてくれる
新井貴浩だったと思う。
そうした運命を享受できる選手はほんの一握りしかいない。
そう考えると、かけがえのない選手が去っていくという解釈しかファンはできない。


もちろん彼がプロスポーツ選手である限り、他のチームで新しい挑戦を
するという向上心はうなずけるし、より高い評価と給料をくれる球団に
移籍することはまったく理に適っている。
その一方で、彼がカープを愛していることも間違いない。
そのようにして心が真っ二つに引き裂かれたことはよくわかるし、
記者会見の涙が偽りなどではないのも間違いない。
芝居ができるような男ではないことをファンは知っている。
だからこそ多くの人を戸惑いが覆いつくしたのだろう。
みんなが気まずい感じになった。それは予想できたはず。
にもかかわらず下された大きな決断に対して、我々は真摯に向き合わなければならない。
みんなが気まずいままでいいわけがなく、それも背負った上での挑戦であることは
彼自身が一番よくわかっているだろうし、こうなれば我々も彼の新天地での活躍を
心から祈る他はない。


最後に付け加えておくが、私は新井選手を非難するつもりはない。
私は新井選手と偶然にも誕生日が同じで(それ自体何の意味もないのだが、
ファンはそういう事実に喜びを見出す)、彼の豪快なプレースタイルも大好きなのである。
今回の決断は残念だが、やっぱり笑って送り出すしかない。
来期の準備としてカープが何をするか、当分見守るしかないなぁ。